「News Letter  Vol, 7」

●目次
○八ヶ岳の森から「暑中お見舞い申し上げます」
○特集「食事の回数について」
○フォルスの台所から「夏の献立、フォルスのレシピより・夏野菜のマリネ」
○情報スクランブル「CSヨーガ普及会、書籍紹介(自分のために生きていけるというこ
 と)」


  
「暑中お見舞い申し上げます」
 7月に入ってから例年になく暑い日が続いているようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。八ヶ岳山麓の小淵沢も気温が上がり、かなり暑い日もありますが、夕方になると涼しくなります。また湿度が少ないので、クーラーは全く必要なく、さらっとした快適な毎日を送っています。滞在しているゲストの方も、家に帰るとまたあの地獄のような暑さの中かと思うと帰りたくないともらしています。たしかにここのところの暑さは普通ではなく、これも地球温暖化の影響かと思わされます。
 以前は老人には冬の寒さがこたえるというのが通説でしたが、都会では近年夏の暑さの方が、体力を消耗して辛いという方が多いようです。実際、寒いのは家でじっとしていればしのげますが、暑いのはクーラーをつけっぱなしにしていると具合が悪くなったりする方が多いので大変なようです。
 暑いからといって冷たいものばかり飲んだり、クーラーの中にばかりいて汗をかかずにいると、体の中に余分な水分がたまり冬になってから様々な不調の原因になったりします。暑いときにはしっかり汗をかいて次の季節に備えましょう。


  
「食事の回数について」
 フォルスでは食事の回数を朝10時と夕6時の1日2食にしています。食事は1日3回食べなければいけないものだと思っている方が多いので、不思議に思われる方も多いようです。日本では江戸時代中期ぐらいまではほとんどの人は1日2食だったのです。「朝飯前の一仕事」というのは本当にあったわけで、江戸時代中期以降に商人の間から1日3食とる習慣が広まっていったようです。
 現在では朝食は1日の栄養源なので、しっかり取りましょうということが定説になっており、朝食を取らない人に不健康な人が多いという調査結果も報告されております。しかし、そのには数字のトリックがあり、現在の社会で朝食を取らないような人は、だいたい夜更かし方の人が多く、朝食を取らないということ以外に不健康な生活習慣をしている人が多いだけで、もしかりにそのような人が朝食を取ったとしても、不健康なことには変わりはないと思われます。
 それでは本当に朝食はその日の栄養源になるのでしょうか。食べ物を食べてそれが消化され吸収されるまで、3時間~6時間くらいかかります。ということは朝食べたものはお昼近くになってからの栄養

源にはなるものの、朝の栄養源にはなっていないのです。特に夜遅くまで起きていたり、食べ物を食べていたりで、朝ぎりぎりまで寝ていてあまり食欲がないような人は、無理して朝食を食べるよりも、食べない方が身体によいのです。事実、いろいろな健康法の指導者で朝食を抜いている人は多いようです。私も基本的には朝食は取りません。いわば毎日朝食を断食しているようなものです。
 腹八分目が体にいいのは誰でも知っていることだと思いますが、実行しようと思うと難しいものです。これは私でも同じ事で、食べ始めて気ついたら腹一杯ということがよくあります。そこで私は朝食を抜くことで、1日の中で腹八分目になるようにしています。
 ヨーガの世界では午前中は排泄の時間で、食べ物を入れるのは昼過ぎから、というのはよく知られたことです。ただしまるっきり何も口にしないとお通じがつかないという方もいますし、口寂しいようだという方もいますので、そのような方は味噌汁だけとか、野菜不足の方は野菜ジュースや、元気がなくなってきているような方は人参ジュースを取るといいでしょう。
 朝食抜きは現代のような飽食の時代にはとてもいい方法だと思いますが、朝食を抜くと昼にお腹が空いてたくさん食べ過ぎてしまうような方や、朝早く起きて朝食の時間にはかなりお腹が空いているような方などは、食べた方がいいでしょう。
 ただ家族で一緒に食べるのが朝食だけという方は、家族のコミニケーションということを考えると、一緒に食べるのがいいと思います。特にお勤めの方で昼に外食が多い人は、朝食べて昼を抜くというのも良い方法です。朝食抜きよりも空腹感は強いのですが、外食をしなくてすむというのと、空いた昼休みの時間を運動などに使うことが出来るので、忙しいサラリーマンの方には向いている方法なのではないでしょうか。 
 大切なことは朝食を抜くということではなくて、お腹が空いていないのに習慣や時間だからということだけで食べているという事です。当たり前のことですが、食事はお腹が空いたら食べるもので、そうすれば食べ物の栄養も吸収され、食事も美味しく感じられます。「空腹は最上のソース」ということわざにもあるように、お腹が空いて食べるとどんなものでも美味しいものです。こんな当たり前のことが、なかなか出来ないところが現代の不自然な生活を象徴しているようです。


【フォルスの台所から】
「夏の献立」
 ・ミネストローネ
 ・こんにゃくのカルパッチョ
・夏野菜のマリネ 
 ・玄米ご飯(黒米・ひよこ豆)
 ・ラタトゥイユ
 ・豆乳ティラミス
 ・たんぽぽコーヒー

 玄米食の料理は食べ続けると味わいがあって美味しいのですが、どうしても色や見た目が地味なものが多いので、若い人に敬遠されがちです。フォルスにいらっしゃる方は、若い女性の方が多いので、献立を立てるときに、食べて美味しいだけではなく、目でも楽しめるものをお出しし出来るように心がけています。週末の献立は毎週違うのですが、若い方が多い週はこんなイタリアンの食事をお出しするときもあります。
 私自身は和食が好きなのですが、たまには目先の変わった洋風のコース料理も喜ばれています。ただし洋風の料理を油と砂糖を使わずに作るというのは少しこつがいるのですが。        文枝


「フォルスのレシピより」
○夏野菜のマリネ
 普通マリネといえば、材料を油で揚げたり、焼いたものを油にからめたりするので、美味しいのですが、かなり脂っこくて高カロリーなのが難点です。
 しかしこのマリネは、油は全く使っていないので、美味しくて簡単で、そのうえ低カロリーなので、たくさん食べても大丈夫です。
  「材料」    4人分
・ズッキーニ 1/2本      
・いんげん 4本
・赤ピーマン 1個
・ナス 1本
・トマト    1個
 野菜は火を通しても形がしっかりしているものな ら何でも良い。出来れば彩りがよい方が尚良い。
    「作り方」
1、ズッキーニ、いんげんはさっと湯通ししておく
2、材料に小麦粉をまぶし、余分な粉はたたいて落とす
3、テフロンのフライパンで軽く焦げ目がつくまで焼き、バットに広げる
4、材料にポン酢醤油をからめて、盛りつける。
5、たったこれだけで出来上がり、一度お試しを。


【情報スクランブル】
「体にいいこと始めて見ませんか」
○ CSヨガ普及会
 オーム真理教の問題が起こってから、まじめにヨーガをおこなっているグループは、世間から少し冷たい目で見られているようです。しかし、心や体の健康を考え、毎日の生活で実践していくとき、ヨーガをやっていると、自分の身体の様子が自分でよくわかります。また、簡単なものであれば自分で治すこともできるので、暑くてだらけている身体に、活を入れる意味でも出かけてみるといいと思います。
 このヨーガのグループは、私が体験した中では、一番良いと感じたところで、ストレッチのようなアーサナだけでなく、体を激しく動かす体操や、呼吸法、瞑想などもおこないます。ここのグループの代表の岡島先生は、沖ヨガと野口整体をうまく組み合わせて、両方のエッセンスをうまく消化している方です。本も何冊か出しており、その中でもお勧めは「元気が出る木と手当の本」
      プレジデント社 岡島瑞徳著 です。
 興味のある方は、一度電話で資料を取り寄せてみると良いでしょう。教室は小田急線の経堂の他にも、たくさんあります。
 
 連絡先 
○CSヨガ普及協会  TEL 03ー3420ー7759
〒156 世田谷区宮坂 3-13-1 経堂オリオン203号 


「書籍紹介」
○自分のために生きていけるということ 大和書房  斉藤 学 著
 この本を書かれた斉藤先生は日本の摂食障害のオーソリティーと言っていい方です。いつもこの方の本は読む度に、考えさせられることが多いのですが、この本はそんな中でも摂食障害だけのことを書いてあるわけではなく、現在特に問題を抱えてはいないが、いつも何かしていないと落ちつかないような人にもお勧めしたいような本です。
 今のような時代では、常に何かをしていなければ周りから評価されず、そんな不安からいつも何かに追い立てられるように何かをやるようなところがあります。何もしない、ありのままのその人では、いけないような、そんなところから現代の様々な嗜癖(依存)という問題があるような気がします。
 この本はとても良くまとまっているので、本の内容を一部紹介させてもらいます。

「自分の欲望が分からなくなりロボット化する現代人」
 人間が健康な発達を遂げて成長すれば、自然な欲求を持ち、それを満たすように行動するという、人間らしい生活を送れるはずです。しかし現代は、欲望を知らない「ロボット人間」になっている人があまりにも多い。ロボット人間は、自分では何をどうしたらいいのか分からないので、世間の基準に合わせたり、他人の欲望を満たすために行動したり、「これがよい」言ってもらえるモデルをほしがります。
 なぜ、人間に生まれながら、ロボットになってしまうのでしょうか。この社会の中で、人間がロボット化していく過程を追ってみましょう。それにはまず、家族関係を振り返ってみる必要があります。人間の基本的な感情パターン、人間関係のパターンは、家族関係の中で作られていきます。子どもは、生まれたとき全く無力です。親に依存し、親との関係に適応しなければ生きていけません。たとえその関係がどんなにゆがんだものであっても、生きていくためには生まれた家族に適応しなければならないのです。
 そこで子どもは「親に適応した自分」を形作っていきます。親の期待を読みとり、親の気に入るように振る舞うのですが、特に重要なのが母親との関係です。母親は自分の子どもを誰よりもかわいいと思い、様々な思いや期待を託しています。乳幼児はただ一方的に母親に世話をされて生きていくのです。子どもはこうして、無条件に「愛され、大切にされている」自分のイメージを作り上げていきます。
 ところがなかには、自分に対して肯定的な感情をもてずに育ってしまう子どももいます。どんな場合にそうなってしまうのでしょうか。
 親から無視されたり、しかられてばかりいると「自分はダメなのだ」と思うようになります。また母親が体が弱く、入院などを繰り返していると子どもに安心感を与えられません。いつ母親がいなくなってしまうのかという不安で、やすらげないのです。また、父親がアルコール依存だったり、両親の仲が悪く家庭内が殺伐としていると、子どもはそれを「自分が悪い子のせいだ」と思う場合があります。その子は必死になって「良い子」になって、過程の調和を取り戻そうとするようになります。
 自分が「良い子」になれば、親から認められる。今は悪い子だから拒否されている。そういう世界観を作っていきます。ダメで劣った自分を許さず、憎みます。「このままの自分で愛される」という確信が持てず、つねに、「このままの自分では愛されない、もっと努力しなければ、もっといい子にならなければダメだ」という確信を持ってしまうのです。 この「私は愛されている」という気持ちと、「もっと良い子にならなければ」という気持ちは、誰の心の中にもありますが、健康な自己肯定感がもてない人の場合「理想の自己」は、とてつもなく完璧で、実現不可能な理想となります。しかも、その理想に向かう気持ちが自発的とはいえず、親や誰かの期待に添うべく努力しています。自分の欲望ではなく、親の欲望を読みとって作られた「偽りの自己」を生きてしまうのです。
 「親の期待」に添って「偽りの自己」ができあがってくる過程を、もう少し詳しく見てみましょう。
 誰でも、親からの期待を感じたことのない人はいないでしょう。ある母親は、自分が習いたくても習えなかったピアノを子どもに習わせようとしますし、ある親は、息子に家を継ぐように期待します。小さい頃から医者になるようにレールを敷く親もいるでしょう。
 子どもが自分自身で興味を持つものは様々です。けれども、親が自分の興味や価値観を押しつけてきたとき、子どもはとても弱いのです。ピアノをやらなければ親に見捨てられてしまうと感じ、親の期待に一生懸命合わせてしまう。こうして子供は、自分自身の欲望を見失っていきます。
 親が子供に対し、「期待」という圧力をかけ、親の価値観を押しつけたとき、子供が思春期になると暴力という形で親に復讐を始めることがしばしばあります。よく見られるのは、父親がワーカホリックで、家族との関わりが薄い家庭においてです。父親は職場で自分に期待されていることを読みとり、会社のためにひたすら働いています。夫に向き合ってもらえない母親は、関心を子供に向け、子供との密着度が高くなります。
 父親と母親が仲良く夫婦をやっていれば、子供は子供で自分の世界を作り、親から離れていくのですが、このような家庭では、母親が子供にべったりと関わり、その世界観に侵入してしまう。これは一種の暴力です。子供には子供の人生があるのですから。経済的にも生活能力的にも無力な子供の心に、親が踏み込むのは実に簡単です。
「あなたのためを思っていっているのよ」と言いながら、自分の期待を押しつける。自分が子供のために我慢して生きていることを見せ、子供にも自分のやりたいことを我慢して、親の期待を読みとってくれるように育てます。これは「愛情」のふりをした他者のコントロールであり、私は「優しい暴力」と呼んでいます。これは子供にとって本当に必要な愛情ではなく、「くさったミルク」のようなものでしょう。
 親にしてみれば、勉強が出来ていい子だから、つい期待してかわいがっただけかもしれませんが、子供にしてみればいい迷惑です。他人の期待を読みとることばかり上手で、自分自身の欲望が分からなくなってしまった子供は、何をやってもいきいきとした「真の自己」を感じられず、どこか嘘っぽいと感じながら、喜びの少ない生涯を送ることになります。何をやっても他人に迎合しているように思え、そんな自分がいやになる。
 ずっと親の欲望を自分の欲望と信じ、期待通りの「良い子」で生きてきた人にとって「本当の自分」だの「生きがい」だのを探し出すのは一苦労でしょう。また、親の期待と正反対の生き方を選んでみても、それはただ親に反発しているだけで、自分の欲望を見つけたとはいえません。親の影響力に支配されてできあがった人生という意味では、なんら変わりがないのです。
 このような「優しい暴力」は、身体的な暴力と違って、目に見えない形でおこなわれるので、本人も「私の人生は親に侵入されている」「親に暴力を受けた」という自覚がそれほどありません。はた目には、子供のためを思い、ひたすら子供に尽くす「愛情溢れる親」なのです。子供の方は、内心にたまった怒りは大きくても、その怒りをどこへ向けたらいいか分からず、抑うつ、無気力に悩む場合もあります。
 こういう人たちが怒りを外へ向けるのは、何らかの挫折がきっかけになります。学校の成績が上がらなくなったり、社会に出たら世間の要求に応えきれなくなったりしたときです。そうして親に期待される自分を演じきれなくなり、なといって、自分自身の欲望も見つからない。八方ふさがりで暴れ始め、親に現実不可能な要求を突きつけたりします。
 もともと親自身が、その心を他人に占拠され、他人の期待を読みとって生きることを当たり前と思っている人が多いのです。だから、子供の親の期待通りに生きてくれて当たり前だろう、私が生んだ子供なのだから・・・。と考えてしまう。つまり「良い子」の母親はやっぱり「良い子」だったのであり、そのまま生きてきてしまったのです。子供が挫折してあれ始めたときが「良い母」にとっても挫折のとき、また、「本当の自分」に気がつく大きなチャンスといえるでしょう。
  


 【寄せ書きから】
 フォルスでは来ていただいた方が、お帰りの際に寄せ書きを書いてもらっております。ほんの気まぐれで始めたことだったのですが、今になってみると一番の宝物になっています。こちらにいらしたときには是非開いてみて下さい。

 もう本当に目からうろこが落ちる思いでした。仕事がらどんな食事がよいとか、毎日適度な運動が必要、等ということはいやというほど分かっているのに、なぜ自分がそれを実践できないのか。そんな私の悩みや苦しみを、先生が毎日の治療や個別指導で、さっぱりすっきり取り除いて下さいました。また、みんなでいったドライブやお散歩、温泉もとても楽しかったです。本当に有り難うございました。 心から感謝の気持ちを込めて。
P>S もう2度と間違ったダイエットや過食はしないと誓えます!(・・・たぶん) 24才 女性

 昨年に続き2度目のフォルスでの断食でした。私も母も体重も減り、前回以上に体調も良くなったように思います。そして毎日行った温泉、また楽しい仲間とすごせたことたくさんの思い出が出来ました。これからは先生にご指導いただいたことに気をつけながら生活していきたいと思います。
 先生、奥様本当に有り難うございました。                   37才 男性
 
 今までどんな病院に行っても、どんな薬を飲んでも良くならなかった症状が、ここに来て断食を初めてから、自分でもびっくりするほど改善に向かってきて、改めて食生活の大切さが分かりました。今まで薬にばかり頼っていた自分をこれからは身体が本来持っている回復力を引き出していくような努力をするように頑張っていこうと思います。
 フォルスに来て本当に良かったと思います。                 24才 女性
 
 雨にも負けず、風にも負けず、空腹にも、だるさにも、誘惑にも負けずに、本当によく頑張ったと、自分で自分をほめてあげたい。昔の自分緒要に心から笑える。本当に今は幸せです。ここへ来れて、本当に良かった。奥さん美味しい料理や作り方のアドバイス有り難うございました。一緒に頑張った仲間、本当に有り難う。先生本当に有り難うございました。            20才 女性


「編集後記」
 神戸の「淳君殺害事件」で捕まった犯人が中学生だったというニュースを聞いてショックを受けた方も多かったのではないでしょうか。また、その両親はどこにでもある普通の家庭だそうです。ということは、現代はどこの家庭でもこのような事が起こってもおかしくない時代なのです。このような時代だからこそ、「家族とは何だろう」ということをもう一度真剣に考え直してみる必要があるのではないでしょうか。             大沢

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