【養生ブログ】いかに老い、死ぬか。

河津桜

ある俳優の急死のニュースを見た。

まだ若く惜しまれる。

考えてみれば、誰しも死亡率100%。

どんな死に方がしたいか、周囲でもそんな話題が交わされていた。

僕はふと過去に介護に携わる方から率直なお話を伺う機会があったことを思い出した。

仕事の過酷さにもかかわらず、社会的な身分は低く見られがちで、待遇も手厚いものとは言えず、離職者も後を絶たないという。

高齢者の増加は必至で、それを支える若年層は減ってく中、介護する人々が足りなくなるのは目に見えている。

これから、この国はどうしていくのか。

彼は認知症の方々の介護を専門としていた。
食事から排泄、身の回りのすべて。
ほとんど車椅子、寝たきりで胃瘻によって栄養を摂取している人もいるという。
暴れる方もいて、理想と現実のはざま、一筋縄ではいかない現場の詳細を聞いた。

長寿国日本の現状。

「長生きするもんじゃない」彼は言う。

医療の発達の恩恵は計り知れないが、その反面、お迎えが来ている人を無理に踏みとどまらせるがごとく、生かしてしまっているようでもある。

死期を遅らせる延命的な措置は、ある意味で多くの末期的な不具合を抱えながら生きていくことを強いるものでもある。

本人にとっても、家族にとっても、それが最善の形なのか、考える時間を持てていただろうか。

介護し、介護されるという経験の中でしか、学び取れないものも当然あるのだろう。

反面、ほとんど面会にも来ず、金を払うからと丸投げの家族もあるやに聞く。

遺言、あるいはエンディングノートの必要性を感じた。

元気なうちから自分の死に方を考え書きとめ、それを身内に公表して共有しておくべきだろう。

それはまったく不吉でも不謹慎でもなく、賢明な作業だ。

多くの人は、自分だけは元気に全うすると信じていないだろうか。

当分は死なないだろうと確信していないだろうか。

そうして死を遠ざけているうちに、現実を直視し、真剣に考える機会を逸してしまう。

明日死ぬかもしれない、晩節を汚すかもしれない可能性を常に心して、今を生きることがいかに、最期を理想的なものにしてくれることか。

積極的な医療と介護を受けつつ、できる限りの長寿を全うするという選択肢があっていい。
反対に、積極的な延命措置を断って、自然的な衰弱死を選ぶという選択肢も当然あっていい。

どちらも善悪、優劣で語られるべきではない。

生命の尊厳、それは何人にも侵されるものではなく、また各自に委ねられた人生観であり死生観でもあるのだから。

「身内じゃとても看れないだろう」

これが日々心を砕き身を削る現場の介護職の声。

職業意識と他人同士という距離感で、はじめて介護が一定の冷静さの中で行われる。

老老介護、介護疲れによる無理心中や殺人というのも、対岸の火事、非情、哀れ、などという一言で片付けられるものでもなく、一歩間違えれば自分がそうなってしまったかもしれないという共感的な想像力が働いていい。

正常な神経をもってすれば、近親であるからこそ目を背けたくなる状況や噴き上がる感情があって当然だろう。

介護職という専門家の手は今後、絶対的に必要なものであって、これを醸成する社会風土や、制度面で助ける政治、そして、老いることや死について、現場に即して真剣に考える教育の場が、これから本当に重要になってくるだろう。

近親の介護を迫られ、あるいは自らが老境に差し掛かって、はじめてこの問題を直視するのでは遅すぎる、今からでも真剣に考えなければ、そう思わせるお話だった。

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養生館では、新プログラム、死をみつめ生を輝かせる「エンディングノートを書く」を構想中。

シェアリングなどを交えながら、滞在中の5日間で書き上げる講座です。

乞うご期待!

“【養生ブログ】いかに老い、死ぬか。” へのコメントが 2 件あります。

  1. スタージス 久美子

    何時も貴社サイトを見から楽しく学ばせて頂いております. 海外在住で貴社施設の滞在が実現しないのですが、、、主人と私は実家で父と8年半、同居、介護して、昨年の2月に自宅に戻りました。 こちらの友人たちは日本の介護の細やかさに驚愕しておりました。 こちらでは、在宅お風呂サービスなどありませんし、施設や病院でも、自分で動けない場合は、スポンジバスだけです。勿論、州によって多少は違うでしょうけど、、、小針先生の仰る通り、医療の進歩が不幸を生み出して居る場合が多い、、、と感じます。
    私は自分が介護を必要となったら日本に帰ろうかな、、と感じたこともありましたが、やはり、それは日本政府の負担になるので、しませんけど。 実家にいた時, 主人が5年だけ非常勤で働き、私は専業主婦でしたが、国民健康保険を頂き、主人が仕事をやめたら、県民税などを免除して頂いたり(申請した訳ではないのに)と、厚遇して頂き 日本国の親切な取りはかからいを感謝しました。 此れからは、益々、介護人確保で、東南アジアからの労力輸入が必要となるのでしょうね。 私達夫婦も、小針先生のお勧めに従って、断捨離やエンデングノートを実行すべき、、と強く感じました。 ありがとうございます。 高綱(旧姓)

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