「新館までの道のり」

やすらぎの里は今まで、
5年サイクルで新たな展開がありました。

僕が30歳のときに八ヶ岳で開業して、
5年間そこで営業しました。

八ヶ岳の施設は、
小さなペンションを改装したところだったので、
3年くらいで手狭になり、
もう少し大きな施設を探していて、
5年後に、現在の本館がある、
伊豆高原の浮山温泉郷に移転になりました。

その本館も個室の予約が取りずらくなり、
5年後に、ゲストの方の声に答えて、
同じ伊豆高原で2店目となる、
高原館をオープンさせることになりました。

高原館 スタッフ

このとき僕は40歳、
まだ勢いで、
自分だけ先走っているところがありました。

物件が決まったら、
できるだけ早くオープンさせたいとの思いから、
スタッフのみんなや、かみさんにも
、だいぶ苦労をかけました。

ひらめきで動くタイプなので、
あまり細かい計画も立てずに、
その場で決めて、
どんどん変更していくというのは、
周りの人間からすると、
ついていくのが大変ですよね・・・。

特に、かみさんは、
とまどうスタッフをまとめて、
夜は僕と遅くまで話して。

子供も中学と小学生の高学年の
多感な年齢だったので、
心も体も休む暇もなかったと思います。

そして、バタバタと準備が進み、
オープン予定の一週間前に、
かみさんが倒れて、
救急車で病院に担ぎ込まれて、
入院してしまいました。

命に別状はないものの、
脳の病気があったことが発覚。

そこから3か月半の
入院生活が始まりました。

かみさんは倒れても
オープンを止める訳にはいかないので、
実家の親に子供たちの面倒を見てもらって、
なんとかオープンすることが出来たという、
ほろ苦い思い出もあります。

みんなに助けられて、高原館も軌道に乗り、
かみさんの体調も波はありましたが、
すっかり元気になって、
今では倒れる前よりも、
丈夫そうですねとよく言われます。
(^^;)

しかし、このときの体験は、
楽天的な僕でも堪えました。

僕がこの仕事を無理に拡大したから、
かみさんやスタッフのみんなに無理をかけた。

だから、もう無理はしない、
大きくもしないと、
心の中で決めていたのです。

そんなことがあったので、
多くのゲストの方から、
もっと増やさないんですかというリクエストも、
「いいスタッフが増えたら考えてみます」と言って、
言葉を濁していました。

明日へ続く・・・。

“「新館までの道のり」” へのコメントが 4 件あります。

  1. はっしぃ

    こんにちわ。毎回見せてもらっています 去年秋にお世話になって、この秋にまたお世話になります。新しい施設ができることがとても喜ばしいのですが、ご家族内で色々あったことを知り、御苦労を垣間見ます。
    先生のご家族が幸せで、その上での施設拡張になれば素敵だなと思いました。
    ご自愛くださいませ。

  2. 藤尾 芳彰

    大沢先生、先日はありがとうございました。
    お陰様で胃の調子が良い状態です。

    所で、先生に一つアドバイスがあります。
    「陶山訥庵(すやまとつあん)」という人が、人口2万人の島で、イノシシ8万頭を絶滅させた時の事です。
    この人が子供の頃からイノシシに畑を荒らされどうにもならない日が何年も続いていましたが、この人が、ある作戦を立てて、住民の協力のもとにイノシシを絶滅させたのです。
    その案も素晴らしいのですが、これに必要な物資、人員、食糧、必要な日数に至るまで詳細な計画を、作業開始前に、しっかり立てていた事が素晴らしいのです。

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