「比較しないこと」

今日は、僕の瞑想のお師匠さんの
宝彩先生のメルマガに掲載されていた文章を紹介します。


今日は、「比較」について、ちょっとお話します。
苦しいとか、不幸だとか思う時は、
大概、誰かと自分を比較しています。
比較して、「優秀だなぁ」「もっと頑張らなければ」と思ったり、
比較して、「羨ましいなぁ」「駄目だなぁ」と思ったり、
比較して、「運がいいなぁ」「運が悪いなぁ」と思ったり。
そして、自分で自分を苦しくしています。
自分で自分を惨めにしています。
自分で自分を不幸にしています。
もし、比較する相手が居なかったら、
比較しませんから、自分は自分のままです。
惨めでも不幸でもありません。
だったら、比較する相手が居ても、居なくても、
比較さえしなかったら、良いわけです。
「比較をやめる」。 
すると、すぐに、比較から生じたあらゆる不幸感や、
惨めさから解放されます。
穏やかな幸福感に包まれます。
この仕組みが分かると、
「こんな簡便に、速攻で、幸福になる方法があったのか」とビックリします。
そして、もし、そうであるなら、
もっと幸福になるには、
いっそ、他人との比較だけでなく、
過去の自分との比較もやめてみよう。
未来の自分との比較もやめてみようと、
修行が進みます。
そして、比較をやめればやめるほど、
予想した通り、どんどん幸福になっていきます。
「昔はこうだったのに、今はこうだ。悲しい」とか
「今はこうだけど、将来はこうなりそうで心配だ」とかの、
惨めさや、不安も、たちまち消えてしまいます。
誰とも比較しない。
自分の過去や未来とも比較しない。
比較は、とにかく一切しない。
つまり、自分は、自分のままでOKだ、
私は私のままで大丈夫、と思うことと同じです。
そして、それができれば、
「今、ここに存在していることだけを、祝う」
ことしかすることが無くなります。
何とも比較しないのですから、
自分が今ここにいることを感じることしか、
することがありません。
そして、それが真にできると、
それは、もの凄い幸福感です。
意識が宇宙に存在する一点に留まります。
一秒未来でもなく、一秒過去でもない現在の点。
しかも、そこは、果てしない宇宙につながっている無限の一点です。
そこにしか広大な宇宙は存在していません。
すると、その瞬間、「あああ、そうか」と、
自分の存在だけでなく、
他人の存在も、地球の存在も、宇宙の存在も、
全部、同じように歓喜のなかで祝福できます。
否、喜び祝うことしかできません。
惨めさも、不幸も、不満も、不安も、
そこには何もありません。
喜びと輝きと宇宙の温かさがあるだけです。
もし、少しでも、不幸だと思ったら、
「比較」を徹底してやめてみてください。
すぐに、晴れやかな「幸福」になれます。
宝彩有菜
(「宝彩日曜新聞」106号より)
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“「比較しないこと」” へのコメントはありません。

  1. 美和さん

    『比較しない』私には、なかなか出来ないから苦しいです。
    就活とパート勤務しながらも、必死に頑張って来ました。
    でも、先生…摂食障害が邪魔して、辛いです。
    久々に、しんどくて…やすらぎの里に行きたいです(涙)
    いつか辞めたい。
    『比較する事』、偽りの自分を脱ぎ捨てて、ありのままの自分で生きて行きたいです。 
    私は私でしかない。って、胸張って生きて行きたいです。

  2. やすらぎ 大沢さん

    比較しないことって、難しいですよね。
    僕だって、比較してしまいますよ。
    悩んだり、苦しいときが、修行のときだと思って、
    がんばりましょ。
    いつか、かならず、比較しないで、
    ありのままの自分でいられるときが来ますよ。
    見守ってるから、がんばって。

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